実家という魔窟で突然介護が始まった!

「やってらんないっつ〜の!」と思いながらの愚痴ブログw

「それが一番大事〜♪」 それかい!?(゚д゚lll)

両手引きで
おトイレへの往復も出来るようになった母

朝は洗面所で歯磨き、洗顔
(もちろん椅子(いす)に座って…ですが)


「自分で水で顔を洗えるって嬉しいねぇ〜」←母

(≧ω≦。)←私。じーん…「そうだよねー」


お天気の良い日は、
ベランダに椅子を出して日光浴(にっこうよく)も。


「昨日は何回もトイレまで歩いたし、
日光浴もしたのよ〜♪」


と、ドヤ顔でリハビリ先生に言う様にもなった母に


「週2回のリハビリでは、もったいないですね〜
毎日しっかりリハビリすれば、
自力で歩くのも夢じゃないし
年末には走れるかもですよ❗(笑)」


褒(ほ)められた母は有頂天(うちょうてん)。


「ま、この前も一人でトイレまで行けたしねぇ〜」


(тωт ;)じぃぃ〜……←私



リハビリの先生とケアマネージャーさんの
状況報告があったようで
来訪されたケアマネさん曰(いわ)く


「本格的にリハビリをされた方が良いのではないか?
との 話が出ているのですが、
ご家族の方は、どの様にお考えですか?」

との事。


「えっと?それは
リハビリのある施設に入所?…という事ですか?」

と、尋(たず)ねると


「そうです。
週2回でこれだけ回復されてますし、
残りの5日間を、ベッドで寝たきりではなく
施設でなら、他の方との交流や
レクリエーションもありますし。
母様は、(頭も)しっかりしてらして、回転も早いので
直ぐに慣れられると思いますしね♪」


「それに、ご家族様の負担も
少しの間ですが軽減されますし…」と

母に聞こえない様に仰って下さったのでした…
(っω<`。)


「これだけ動ける様になったんだから
自分で一人で歩ける様になるのも、もう少しだよ!!
お風呂も入れてもらえるよ?
頑張ってくれば!?」とは

キーパーソンの妹ちゃん。
(ケアマネさんとの話合いには必ず同席が必須なので
来てくれました)

すると


「行ってもいいけどさ〜……」←母


「何?なにか不安な事あるの?(´д`;)」と 聞くと


「DS持って行っていーい?」←母




問題は、そこかい⁉️∑(゚д゚lll)(爆)

マリオ命の母は、
「それが大事」だった様です


( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ \ \



ただし。

「直ぐには入れません。
長くて3ヶ月はお待ち頂くかも知れません」


「じゃあ待ってる間に走れるわ!」←母


母よ…
あなたは、スーパーマンですか?_| ̄|○

素晴らしき哉、人生!

さて。

毎朝の攻防戦(食べたくない!いらない!)を

「食わぬなら食わせてしまえホトトギス

ならぬ、手を変え品を変え
悪戦苦闘しつつ、完食させ〜の(苦笑)、

リハビリの先生が来られない日も
寝たままでの、腰上げ運動やら
座位を取っての足上げ運動やら…を続けることしばし


なんと!

両手引き
(向かい合って、お互いの腕を掴(つか)んでの)

おトイレまでの往復を
歩く事が出来るようになりました!!


ま。狭い家なので
おトイレまでは実質20歩も無いのですが…

この20歩の道のりが長かった!
(っω<`。)


最初のうちは10歩の所にイスを置いて
休憩しながら〜でしたので


「早く!漏れちゃうじゃないの!💢」


工エエェェ(´д`)ェェエエ工
それなら、もっと早く言ってよー!と

喧嘩になる事もしばしば。┐(´д`;)┌


それでも、完全おむつ交換から開放された事は
まさに

「私の1歩は小さいが、母の1歩は大きかった!」

ぐらいの衝撃(しょうげき)と安堵(あんど)を
もたらせてくれたのでした
(何の例えにもなってないな…(* -ノω-)ボソッ)


特におトイレでの排便は
本当に、本当に有難かったです…
うんこちゃんおむつからの卒業だったのですから…
。゚(゚´Д`゚)゜。


まぁ、それでも便秘症の母ですので


「出ないっ!💢腰が痛いっ!💢」


はい。
毎回おトイレの中から大きな独り言が
聞こえてくるという(笑)

ま。
元気になった証拠と受け止めます

時代 (中島みゆき)

ほんの20年?くらい前までの世間、世論は


『今時の若い者(もん)は!💢』


というのが主流にあったような気がするのですが…


なぜ若者が年長者にそう言われていたのか?
理由は様々あったと思います

・集団で傍若無人にふるまう
・定職に付かずに「フリーター」に甘んじる
・年長者を立てない
などなど。

親や、年上の上司や先輩からしたら
「そんな生活をしてていいのか!?」と
叱咤の意味合いもあったのだと思います


それから数年経つと、今度は
先に上げた当時の「若いもん」から

『これだから、ゆとり世代は〜』
次の若者たちが
事ある毎に言われる様になりました

こちらは少し侮蔑の意味合いがある言葉だと
当時の私は思ったものでした


そんな世代の彼らだって
みんな「大人」になっていってます


めーぐるめーぐるーよ♪時代はめぐる」


いーんにゃ!
この件に関しては、めぐってないです!
私は声を大にして言いたい事があります!



「今時の年寄りは、何考えとんじゃーい!💢」



「今時の若いもん」も
ゆとり世代」の若者も
そう言われたのは、
ほーんの 一部の人に対しての言葉です
「全員が全員」では、ありませんよ?


なので、上記の「年寄り」も
極々(ごくごく)一部の人ですよ!?


…と、前置きをさせて頂いてからの〜


なぜ横断歩道の無い所で道路を渡りますか!?💢

なぜ駐車場の入り口で休憩を取りますか!?

なぜ道路の真ん中を歩きますか!?
自転車もそうです!


一番怖かったのが……


なんで赤信号で道路渡るかなぁ〜!?
_| ̄|○



「ダメですよー!」と言われた事を
守れないお年寄りを見る度

「あんな大人になっちゃダメよ」と
子供たちに言わざるを得ない世代がいる事を


どうか一つ!
解って頂きたい次第です


良いお手本にならない事を
老害と言われても仕方がないのでは?と
私は思ってしまうのです



……はい。

『一人で歩いちゃダメですからねー!』

散々お医者さんにもリハビリ先生にも言われてたのに

母、一人で歩いてトイレに行ってました……
転んだら、どないすんぢゃーいっ!!


(*`Д´)ノ うがああああぁ!!💢💢💢💢

海〜の男の艦隊勤務♪

毎日サンデー(訳=毎日が日曜日)な、母ですが

月月火水木金金!』という
土日なんて、ありません!という
軍歌(ぐんか)の如(ごと)きの
私の 足踏(あしぶ)みリハビリに


「なんなのよ!?💢」と、母 激昂(げっこう)。


前述(ぜんじゅつ)しましたが、
レビー小体型認知症】や【パーキンソン病】は
筋肉(きんにく)が萎縮(いしゅく)して
動かなくなっていってしまうのです
特に目立つのが


「歩行困難」


最初の一歩の踏み出しが
「小刻(こきざ)み」になってしまうので
必然的(ひつぜんてき)に


「はいー!足、上げてー!
はいっ!いち!にー!いち、にー、さんっ!」


っと、軍隊の行進のような掛け声に
なってしまっていた私でした (;´Д`)w
(両腕をしっかり補助しての〜…です)

事実、そうして声を掛けないと
足も上がらなくなっていたのです


ところが


「そんな大きな声を出さなくても
聞こえてるわよっ!💢」(母)


「いやいやいやいや!
足、全然上がってませんから〜!💢」


「上げてるじゃないっ!!💢」(母)



でも?


「母様、足、上がってませんよ〜?
もうちょっと頑張ってみましょうね〜♪」


リハビリの先生には


「はーい♪」(母)




壁|ω;`) あーそうね。そうよねー。(私)


なんかこう… 何ていうのかしら?


(屮゚Д゚)屮 ⌒┻━┻ うがーっ!!(爆)

アンヨは上手♪ (҂ ー̀дー́ )ケッ!

朝から私の「スパルタ運動」と(笑)、
週2回のリハビリが
功(こう)を奏(そう)しまして…( ´Д`)b

リハビリ先生の補助で
座位(ざい)から立位(りつい)、
立位から、その場での足踏(あしぶ)み〜…と



『奴は進化している!』←イニᎠ 涼介様♪



「いやー!母様!素晴らしいです!
約2ヶ月前まで寝たきりだったとは
思えないですよ!!
素晴らしいいいぃ〜!!!」

と、イケメン先生から
手放しでのお褒(ほ)めの言葉を承(うけたまわ)った母


「じゃあもう歩けるわよねっ!?💢」


↑えっ!?何でキレてるの???∑(゚д゚lll)


「まだ、お一人での歩行は止めて下さいねー」

と言ってくださった先生に対して



「じゃあ、
いつまでこんな事しなくちゃいけないのよ!?💢」



認知症の初期症状が「怒りっぽくなる」。


工エエェェ(´д`)ェェエエ工
ちょーっと待てようぅぅぅ〜!
。・゚(´□`)゚・。


嬉しさと不安が入り混じった日でこざいました……

ばばちゃん、頑張る!

私達姉妹(しまい)は
「母」を「ばばちゃん」と呼んでいます

ところが私の娘(孫:まご)は「ばーちゃん」。
その子供達(ひ孫)は、「おばあちゃん」。

この ひ孫(私からみたら孫ですが)たちは、
私を「ばぁば」と。


孫のお友達に
「K君の おばあちゃん です♪よろしくね♪」
と挨拶(あいさつ)したところ、


「ちがう‼️」


と、全否定(ぜんひてい)され、
工エエェェ(´д`)ェェエエ工 ど、どうして〜?と思ったら


「ばぁば は「ばぁば」で、おばあちゃんじゃない‼️」


(|||O⌓O;) え? どゆ事?


一瞬(いっしゅん)面食(めんく)らってしまいましたが
聞くと、
彼の中の「おばあちゃん」のイメージが違う!と。


「せなかのまがったひとが、おばあちゃん!」


だそうで。(;´Д`)
なるほどねー…と、感心。


それと、どうやら
「ばぁば」は、私のニックネームだったようです
まー、いっか(笑)。



さて〜。本日の ばばちゃんは!

ベッド脇に足を下ろして
自力で座る練習も始めました

「ベッドの背もたれが無いと怖いよ」
最初の頃は泣き言のような事も言っていました

だがしかーし!
週2回のイケメン、リハビリ先生に
「いいとこ見せたい!」と


朝、目が覚めたら
仰向(あおむ)けの姿勢(しせい)で「腰(こし)上げ10回」

両腕を上げて「グーパー」20回

ベッドを起こし座位(ざい:座(すわ)る姿勢)をとったら
頭を前後左右に動かし「首の運動」

ひざを伸ばし、足首をやはり前後左右に10回ずつ

そして


「テレビを見ていてコマーシャルになったら
腰上げ運動すること!」


「えええええ〜〜〜〜!やだよ‼️💢」(母)



ブツブツ文句を言っていた母でしたが
リハビリ先生のサポートで
立ち上り、そしてゆっくりと、でも確かに一歩、
歩けるようになったでは ありませんか!


「歩けた!歩けてるよね!」


母も自分で驚いていました
私も「凄い!凄い!」と
本当に感激してしまいました。・゚(´□`)゚・。


その5分後。
「もう一人で歩けるわよねっ‼️」


「いやいやいやいや‼️
少し動ける様になったからと言って
ぜーーーーったいに‼️
一人で歩いてはいけませんからねっ‼️」


リハビリ先生からキツくお叱(しか)りを受けたのに…


ここからまた
母娘の壮絶バトルが始まったのでありました


_| ̄|○

筆記(ひっき)も退化(たいか)?( ꒪⌓꒪Ⅲ)

私は日記(にっき)を付けています

若い頃のそれを読むと
顔から火…以上にマグマが吹(ふ)き出るくらい

わぎゃぎゃぎゃぎゃあ~‼️o(;>△<)O

…と、穴があったら入りたいどころか
自分で墓穴(ぼけつ)を掘(ほ)って
全部持ち込んでから
死にたいと思っています。

が、それも無理なので(笑)
子供達に恥(はじ)を晒(さら)さないよう
やはり(絶対!!)
終活(しゅうかつ)は必要なようです(;´Д`)



さて。

妹ちゃんから「シルバーフォン」を買ってもらった母

「ちょっと!らいん とか言うの、教えてよ」

おおー‼️゚゚\(´O`/)°゜゚
久しぶりの前向き発言に感動し、

「いいよ、いいよ〜♪」と講習を始めたのですが

「えー!分からない!もう一回!💢」

……はい、そう仰ると思ってました
_| ̄|○



そこで
「ノートに、書いておけば?」と提案すると
「それはいいわね♪
私はずーっと日記をつけてたから、
字ぐらい書けるもの♪」

と、何気(なにげ)にドヤ顔(笑)


➀…と、箇条書(かじょうが)きの数字まで書いて
「おおおおー‼️」
と、私が再び感動(かんどう)したのも
束(つか)の間(ま)……


グニャグニャぐにゃぐにゃ〜〜〜……


「えーっと?それは何を書いているのかな?」聞くと

「『まずは らいん お おす』って書いたんだけど!?
なに⁉️💢」

「あー……いやいや、ごめんなさい。
書いた本人が分かればいいんだものね」

「そうよ!自分の字くらい分かるわよ‼️」



1時間後。

「ねーちょっと!
なんて書いてあるんだか読めないんだけど‼️
あんた私になんて教えてくれたっけ?」


……母よ。
日記を付けてた自慢は何処(いずこ)に???


魔窟はやはり、時間も記憶も飛び去るようです……

_| ̄|○